2004九州 〜ようこそ鉄道のテーマパークへ〜 中編


2004年6月8日(火)

起きたのは延岡を過ぎてから。空が白んできているが、曇らしくまだ薄暗い。気が付くと誰も乗っていなかった自分の部屋に、何人かが乗ってきている。そろそろちゃんと起きなければと、椅子を回転して元にもどし、洗面をすます。南延岡、日向市と停車するごとに乗客は増える。このドリームにちりんは夜行列車の役割というより、むしろ始発の特急列車という役割で利用されているようだ。自分は南宮崎でおりたが、乗客の大半は、この先宮崎空港まで行くようだ。なるほど、この列車だと朝一のフライトに間に合うわけか。
さて、南宮崎から宮崎まで1区間をわざわざ「にちりん4号」を使って戻る。私はフリー切符だから関係ないが、実は、宮崎−南宮崎−宮崎空港間は特急列車でも特急券なしに乗降できる特例があるのだ。宮崎は、それなり大きい駅を想像するが、高架2面4線のターミナルにしては少々味気ない駅である。以前にも書いたが、ホームごとに別々の改札口が設けられているのも特徴だ。

南宮崎に到着したドリームにちりん にちりん4号 485系RED EXPRESS  南宮崎駅
行先は別府(博多)になっています。 きりしま5号 485系KIRISHIMA&HYUGA 宮崎駅
同じく きりしま5号 鹿児島中央方 
ヘッドマークは小型でK&Hになっています。
復活した緑のきりしまが鹿児島中央駅にいました。

ここで一度下車して、朝食を調達する。宮崎といえば、やはり「しいたけめし」だ。たしかにしいたけが特産なのだが、弁当のメインにはね・・・。しかもしいたけ嫌いにはこの下ない(この上ないに対する造語(笑))弁当だ。学生時代、鉄研仲間と同じようにドリームにちりんで宮崎入りして、同じように朝飯を調達しようとしたのだが、彼はしいたけNGで、いくらなんでもしいたけメインは勘弁して欲しい。ってこぼしてたことを思い出した。幸い、私はしいたけNGではないので、そんな彼を尻目にしいたけめしをたいらげたのだが...(笑)。しかし、昔から今なお、このしいたけめしが宮崎駅の名物駅弁で変わっていないところをみるとやはり人気があるのだろう。確かに、しいたけ好きにとっては肉厚でうまいのだが・・・。

椎茸めし 宮崎駅 中身は金糸卵、とりそぼろ、そして肉厚の椎茸が炊き込みご飯の上に
のっています。

さて宮崎からはきりしま5号で鹿児島中央へ。都城付近を除いては、緑深い、山中を3両の短編成特急で駆け抜ける。鹿児島中央に9時36分着。次に乗るなのはなDX1号は10時40分発だから1時間以上もあるということで、特急遊び新幹線版を執り行う。せっかく、新幹線も乗り降り自由の切符を手にしたわけだから、乗らなきゃ損だ。昨日は夜だったので、この時間を利用して川内まで往復してみることにした。とは言っても、昨日と大して感想は変わらず、昼間に乗ってもトンネルが多いだけで景色はほとんど楽しめない。川内からの折り返しは時間がいいためか、昨日や行きに乗ったつばめより車内は賑わっていたが、それでも、席にはかなり余裕があった。1号車から6号車まで歩いてみたが、どちらかというと指定席車の方が座席は埋まっていた。
くだらん往復をして再び鹿児島中央へ舞い戻ってくると、ちょうどなのはなDX1号の時間に間に合うようになっていた。これから1度、枕崎まで言ってから指宿に行こうという予定だが、この先、駅弁なんて売ってる駅はなさそうなので、ここ鹿児島中央で「とんこつ弁当」を調達しておく。

鹿児島中央駅 新幹線コンコースにある桜島のステンドグラス 新八代に向けて出発する800系つばめ4号 川内駅
川内駅 川内駅に入線するつばめ3号

なのはなDXも今回、九州新幹線開業に合わせて出来た列車で、元々快速なのはなで運用されていたキハ220を改造したものだ。こちらは種別が快速なので、キハ220からの改造でも文句は言えまい。座席は、はやとの風と同様になっており、中央のドアは埋められて、展望シートになっている。このなのはなDXは3両編成だが、改造された車両は指定席に使用され、残り2両の自由席車は、外の塗装のみ変更しただけで、従来の車両のままである。ということで、300円をはたいて、指定券をとっておいた。オフシーズンなので、指定を取っても300円というのは嬉しい金額である。
指宿枕崎線に乗るのも実に12年ぶり。なのはなDXはワンマンながらこちらも観光列車になっており、沿線の風景を運転士が解説しながら走っていく。人気も上々らしく指定席、自由席ともほぼ満席だ。もっとも自由席は観光客よりも地元利用の客も多いのだが。座席は「はやとの風」同様のシートだが、快速ということもあってリクライニング機能はない。せっかく指定まで取ったのだが、なのはなDXは指宿止まり。1時間ほどでついてしまう。

キハ220 なのはなDX1号 鹿児島中央駅 なのはなDX エンブレム
しかし、この花、なのはなには見えないんですけど...
展望シート部分。元は中ドアだったところです。 側面 ロゴ
指宿に到着したなのはなDX こちらは一般車 一般車の側面ロゴ 赤色です。

ここでキハ47に乗り換えて枕崎へと向かう。次の山川からは極端に輸送密度が低くなる。多くの観光客もここより先はほとんど足を踏み入れないが、実はここから枕崎までの間に開聞岳も見えて車窓もよくなるのだ。しかし、せっかくの開聞岳も曇天に阻まれて、山頂付近は雲がかかっている。薩摩富士とも呼ばれる開聞岳はいわゆる、子供が絵に書く山のような形をしているのが特徴だ。それから途中駅の西大山は沖縄モノレール開通前までは日本最南端の駅でもあった。今はJR最南端の標識がたっている。車内は2両編成ではあるが、ほとんどガラガラ。廃線にならずに残っているのが不思議なくらいだ。それもそのはず指宿枕崎線は薩摩半島を1周するような形でひかれており、指宿から先はその先端を回り込むようになっている。ということは、枕崎から鹿児島方面は半島を縦断する国道の方が直線的で距離が短い。ほとんどの人は車で鹿児島へ行くのが普通だろう。さて列車はだらだらと枕崎に向けて進んでいく。このまま乗ってくる人もないのかと思っていたが、枕崎近くの薩摩塩屋あたりからご年輩の方が数名乗車。わずかながら枕崎の市内輸送の役割があるようだ。さて無事枕崎に到着。駅 舎はそれなりに立派なものだが、無人駅。12年前に来たときも無人駅だったので、別段驚くこともないのだが、駅構内の旅行センターには今やJASさえもなくなったというのにJASの旧マークが色も褪せて描かれており、郷愁をさそう。さすがに東亜国内航空とはなっていなかったが...(笑)。枕崎で折り返しまで30分程時間があったので、駅前商店街など少し歩くがちょうど昼下がりというのに半シャッター通り化している。駅に戻り、枕崎で途切れる線路を眺める。その昔、ここから加世田を経由して伊集院まで鹿児島交通が走っていたそうだが、1984年で廃止されてしまっている。今は鹿児島交通のバスが伊集院まで連絡している。枕崎から先を眺めると、なんとなく軌道跡が残っているのが分かるが、今や兵どもが夢のあと。バスの展開所になってしまっている。

キハ47 これで枕崎へ向かいます。 指宿駅 車窓には面白い形の山が見えます。
枕崎に到着です。 枕崎に停車中のキハ47 鹿児島中央方から
枕崎駅 枕崎で出発を待つキハ47
ここで線路は途切れます。 現在はバスの洗車場になっていますが、この先はなんとなく
昔、鹿児島交通の線路だったことが分かります。
鹿児島交通のバス置き場や勤務者の駐車場の間にとまっている
指宿枕崎線。ちょっと奇妙な光景です。
駅名標と駅舎

枕崎での短い滞在を終え、折り返し、指宿行に乗る。午後1時を回り、午前中に鹿児島中央駅で調達しておいた「とんこつ弁当」をたいらげる。多少、骨があたるものもあるが、中には骨まで柔らかく煮込まれているものもありなかなかの味であるが、冷えているのでちょっと油っぽいのが気になった。温かかったらさぞかしうまいのであろう。
指宿駅で降りると、窓口になんと、九州新幹線開業記念のつばめとなのはなDXのオレンジカードがまだ売っていた。インターネット上や博多駅、鹿児島中央駅では売り切れになっていたので諦めていたのだが、ここで手に入れることができたなんてラッキーだった。しかし、JR九州はどういうわけか最近オレンジカードの販売には積極的ではなく、ほとんどの駅で発売されていないか、博多などの超主要駅で、従来からある柄が細々と売られているにすぎない。いろんな柄のオレンジカードを出せば、鉄道ファンならずとも御土産代わりに結構売れるのに。で使われてしまって、もともと。中には未使用の人もいるわけだから、1000円まるまる設けられるのに・・・。現在、積極的にオレンジカード販売を行なっているのは、JR北海道、JR四国の2社。JR東日本ではSUICAが導入されていない東北、長野、新潟などの支社。JR西日本もICOCAが導入されていない山陽、山陰地方に限られている。JR東海はJR九州同様、最近はほとんど新柄を出していない。カードファンにとっては少々残念な状況なのだが、SUICA等の非接触式のICカードが登場している中、もはやプリペード カードの時代は終わりなのかもしれない。

とんこつ弁当 鹿児島中央駅 中は炊き込みご飯ととんこつが入っています。
開聞岳 上に雲がかかっています。 西大山駅 「JR」では日本最南端です。
本当の日本一は沖縄都市モノレールの赤嶺に譲りました。

さてせっかく指宿まできたのだから、かねがね、体験してみたいと思っていた砂蒸し温泉に行く。駅から徒歩20分程の市営の「砂楽」という温泉があるのでそこへ行ってみる。あいにく雨が降り出して、とぼとぼとアーケード付の商店街を抜けて右に曲がる。しばらく歩いていると、若い女性が後ろをついてくる。どうも日本人ではないらしい。なんか嫌な感じだなって思っていると、途中でいなくなった。振り返ってみると、なんとショーパブの店だった。なるほど、温泉街だからこういう施設もあるのね。ってその時はその程度に思ったのだが、少し歩いていくと、道の両側に、○○劇場、○○ソープ、キャバクラなんて店があちこちにあるではないか。・・・。一応、俺も男だからそういうものを真っ向から否定するつもりはさらさらないが、品行方正にお育ち遊ばせた私としては、指宿の街の印象はこれで×決定!そういう店は観光客が通るメイン通りには作らず、1本ずれた道に作るべき。これでは、子供連れで来るのもちょっとはばかられる。まあ、俺には子供はいないのだが。(笑)。もっとも真っ昼間に通ったものだから、別に客引きにあったわけでもないのだが、夕方から夜にかけては、か なり怪しい通りなんだろうな。
さて、肝心の砂蒸し温泉は、料金を900円払って、浴衣を貸してもらい、脱衣場で丸裸になってその浴衣を着る。外にでて、海岸へ向かう。雨でも天井が葦簀張りになっているので問題ない。ここで、若いお兄さんがスコップを持ってスタンバイ。頭にタオルを巻き、指定されたところに寝っころがると、埋めてくれるのだ。うう、苦しい・・・。というか熱い!まさしく砂蒸しだ。ということで熱いときは少し体を動かすといいらしいが、砂が重くて体が思うように動かない。(笑)。しかも、砂に埋められて全身の鼓動が伝わってくる。しかし、思いっきり蒸されているというか、サウナに入っているような感じでかなり気持ちいい。ということで10分から15分くらい蒸されたあとは自分で這い出て終了となる。浴衣は汗びっしょりで砂だらけ。ここで屋内に戻って砂だらけの浴衣を脱いで返却。シャワーを浴びて、大浴場へ向かう。皆、シャワーで砂を落としてきているはずだが、洗い場はなぜか少し砂っぽいのは仕方ない。それでもとりあえずさっぱりして、再び雨の中をいかがわしい街中を通って駅へと戻ると予定より1本早い列車に乗れてしまう。しかもその列車はまてしてもなのはなDX。 今回は指定なんぞとっていなかったので自由席だが、余裕で座れるほどの乗車率。帰りは別段、観光案内の放送も入らない。本来なら鹿児島中央からきりしま、肥薩線、吉都線経由で宮崎に向かう予定だったのだが、30分早い列車に乗れたおかげで、つばめで新八代、九州横断特急で人吉、最終の肥薩線で吉松、吉都線で都城、日豊本線南宮崎と回るとなんと2分接続で今晩もお宿となるドリームにちりんにつながることが判明。(笑)。こうして見事にずっぽり予定が入ったときってなんかすごい嬉しい。(笑)。

指宿駅 フェニックスと椰子がいかにも南国らしいです。 指宿駅に停車中のキハ47

ということで、またまた食事にあぶれそうなので、再び鹿児島中央で駅弁を仕入れておく。昨日は夜に乗車だったので、明るいうちに新八代まで行くことができる。といってもやはりトンネルばかり景色はあまり楽しめず。唯一、新水俣付近でキラキラ光る有明海が遠望できる程度だが、あまりにもトンネルだらけなのでこれだけの景色でもありがたく思える。さて、このつばめも新八代でリレーつばめが待ち受けていたが、これには乗らず在来線ホームへと行く。そんなに遠くはないのだが、新駅のくせに、一度駅の外に出なくては乗り換えが出来ないのがちょっとマイナスポイント。在来線のホームはなんの変哲もない直線区間上に突如設けらたもので、いかにもとってつけたような対向式ホームになっている。ここで九州横断特急5号を待つ。千丁側のホームではリレーつばめのアプローチ線の様子がよくわかる。しげしげ眺めているとちょうどリレーつばめが通っていった。

新八代に到着したつばめ56号 つばめのエンブレムは蒸気機関車時代のヘッドマークを
モチーフとしたもの。こうして古いデザインのものがリメイクされるのは
かえって新鮮でよいものです。
側面のロゴ ラインは赤の上にゴールドの細いラインです。
787系リレーつばめ 新八代駅 新八代駅
アプローチ線を走るリレーつばめ 在来線 新八代駅名標

さて、当方の九州横断特急はまたしてもあそ・ゆふ仕様でヘッドマークなしの味気ないものでちょっとがっかり。そういえば、予想通り、新八代駅は新幹線の駅のくせに駅弁はないようで、この九州横断特急も昨日乗ったときはワゴンサービスがあったが、この5号ではそれもなし。鹿児島中央で駅弁を調達しておいて正解だった。人吉までの間、早速、球磨川を眺めながら鳥めし弁当を食べた。奇をてらうことのないオーソドックスな弁当だ。

鳥めし弁当 鹿児島中央駅 中身です。
185系 九州横断特急5号 人吉駅 185 ASO YUFUのロゴ。まもなく消えていくと思われます。

人吉からはよくぞ接続列車があったと思う矢岳越え。列車はなんと、いさぶろう・しんぺいだ。普通のキハ40あたりが運用についてるのかと思っていただけに意外だった。昨日は満席だったが、さすがにこんな夕刻ではガラガラ。いさぶろう・しんぺいでは指定席である座席も当然ながら全席自由席扱いだ。おかげさまで、この席にゆっくりと腰掛けてきた。夜の肥薩線は、真っ暗で、ループ線もスイッチバックもトンネルもあったもんじゃない。まあ、スイッチバックは列車が戻るので分かるけれど。しかも乗客はわずか3人。1人は自分の同じような旅行者で、もう1人はスーツ姿でサラリーマン風だったが矢岳で降りて行った。こんな時間というほどの時間でもないのだが、こんなとこでも駅があるってことはやっぱり民家があるんだ...。でもあたりは本当に真っ暗で、何も知らない人がここで降りるのはちょっと怖そうだ。列車は当然のことながら一切観光なしなものだからいさぶろう・しんぺいでは1時間22分かかるところを1時間で吉松まで結ぶ。吉松に着くと、いさぶろう・しんぺい用車両は、すぐに留置線に行き、エンジンを落として、明日に備えるための休息に入った。
ここで20分程の待ち合わせで吉都線に乗る。今回、吉都線はこれが最初で最後になるというのに、こんな深夜では景色もへったくりもあったものではない。まあ、時間潰しなのだから別にいいのだが。この吉都線にはかつては宮崎−熊本間(その昔は博多まで)の急行えびのが走っていたが、今や各駅停車ばかりのやや面白みのかける路線になってしまった。都城で最終の日豊本線に乗り換えて南宮崎へ。運用の都合で気動車がやってきた。817系あたりが来て欲しいと思っていたのにちょっとがっかりだが、時刻表にもちゃんと運行番号にDの表記がしてあった。南宮崎ではたった2分でドリームにちりんと接続だが、同じホームでの乗り換えの上、昨日乗った感じではガラガラだと思ったので、乗り継ぎや席の心配はさほどしていなかったが、全くその通りで、乗客はほとんどいない。宮崎からもたいして乗り込みがなく、早々に検札と洗面をすませて、眠りについた。

いさぶろう・しんぺいの車両を使ってます。 吉松 駅名標 
吉都線のサボ 都城 駅名標

2004年6月9日(水)

翌朝は小倉から始める。小倉からにちりん1号で大分まで折り返すのだが、1時間以上も時間があるので、門司港まで往復することにした。この早朝の時間帯は、鹿児島線からの直通はほとんどなく、たいていが日豊線からの電車が門司港まで直通する。やってきた電車は東京・常磐線でもお馴染みの415系1500番代であるが、帯色は常磐線の青より鮮やかなスカイブルーである。門司までくると山陽線の連絡案内などが入り行き先も下関や幡生など本州の地名を聞く。電車はそのまま関門を抜けずに門司港へ到着した。この門司港の駅舎は今さら言うまでもないが大正3年の建築で国指定の重要文化財に指定されている。鉄道の駅が重要文化財に指定された第一号であり、その後、各地で古い駅舎のよさが見直される契機にもなった。せっかく門司港についたのだが、時間はあまりなく、本当は鉄道記念館にも寄りたかったのだが、門司港であれば、18切符なんかでだって来ることも可能だし。これはまた次回に持ち越しとしておこう。さて折り返しは813系で小倉まで戻る。
小倉からは485系のにちりん1号。小倉に485系が顔を出すのは、臨時以外では、このにちりん1号だけになってしまっている。ソニックではかっとばすはずだが、485系ではそうもいかず、のんびりと豊後路を駆け抜ける。穏やかな別府湾を眺めた後に大分に到着。

小倉に到着したドリームにちりん 小倉駅
415系1500番台 九州色
ここと常磐線にしかみられない形式ですが、帯色は九州の方が明るい
スカイブルーです。
門司港駅 国指定の重要文化財に指定されています。
門司港駅 鹿児島本線の0マイルポスト 813系 門司港駅
813系の車内 サークル型の吊革支持がユニークです。 485系にちりん1号 小倉駅 
485系の小倉乗り入れは数少なくなりました。
先頭のクモハはいかにも中間車を切り継ぎました。という感じです。
小倉のかしわ飯 一昨年とパッケージが代わりました。 中身は定番の鳥そぼろ、錦糸玉子、のりです。

大分では5分の乗り換えで、ゆふDX2号に乗り換える。指定を抑えていないので5分前で座席があるかちょっと心配したが、杞憂に終わる。ゆふDXに使われている183系1000番代気動車は、前から1度乗ってみたいと思っていた車両だった。最初はオランダ国旗にちなんだトリコロールカラーに身を包みオランダ村特急で活躍。その後、この久大線で緑に塗り替えられてゆふいんの森2世として走行。そして、また、トリコロールカラーに戻って、大村線の特急シーボルトで運用され、4度目の転身でまたこの久大線に舞い戻り、今度は赤系統の古代漆色に塗られて、ゆふDXになったのだ。1編成しかないがゆえに、使う場所や運用にも苦労が見られる。このゆふDXも、偶数日と奇数日で運用に入る筋が異なるのだ。ちなみに運転日ではない日は185系の「ゆふ」になってしまうから、ゆふDXに乗ろうという人は注意が必要だ。この183系1000番代。北海道のものとは全く別物ということも付け加えておく。
この日は昨日とうってかわって気持ちのいいほどの晴天で、雨上がりの清々しい朝の久大本線をまずは由布院へ向けて進んでいく。1時間ほどで由布院のシンボルである先の割れた格好の由布岳が見えてくると由布院に到着。乗客が入れ替わる。豊後森、日田と停車してゆき、各駅とも乗客の乗り降りがそれなりにある。久留米で鹿児島本線に合流、そしてこのゆふDXを鳥栖で降りて、長崎へと向かう。

183系1000番台 ゆふDX2号 大分駅 側面のゆふDXのロゴ
側面下部のロゴ ゆふDX 大分駅 別府方から

長崎へは言わずと知れた、885系白いかもめで行く。実車デビューが2000年ですでに4年も経っているのだが、実はこの885系に乗るのは今日が初めて。普通車も含めて全席革張シートと噂には聞いているのだが、乗るのが楽しみだ。かもめが到着して、デッキは噂どおり、ギャラリー風。そして客室に入ると家具屋にいるような本皮の匂いがする。そこそこ混雑しているがあいてる席に早速腰掛けてみる。すべるような革の感触と体にフィットする感じがなんとも言えない。座り心地も申し分ない。すでに4年近く使われているはずで、傷もつくだろうが、革というのは使えば使うほど、なめされてまた、傷も目立たなくなり、かえって革の風合いもよくなっていくものである。室内を見渡すと、床は白木と濃茶のツートンのフローリング。壁と天井は白系でまとめられていて、水戸岡氏デザインの電車の中では一番明るい印象を受ける。実際本皮シートは値段が高くつきそうだが、最初から目立たぬところに若干の傷があるB級品、つまりはアウトレットを使用したため、布製と大して変わらないレベルのコストだったそうである。という感じで、私的にはこの885系にベストオブ特急電車を差し 上げたいくらいすばらしい車両である。佐賀で下車する人が結構いたので、ここで、窓側に席を移る。肥前山口からは海岸沿いをくねるように進み振り子機能を如何なく発揮する。そのうち、ギロチンと呼ばれたあの有名な諫早湾の堰が見えてきて諫早に到着した。

885系 かもめ13号 長崎駅 入口付近のギャラリー
かもめエンブレム 車内の様子。フローリングに本革シートです。
これ、グリーン車ではありません。普通車です。

せっかくお気に入りの885系かもめだが、なぜかここ諫早で下車をする。なんで???それはさきほど諫早の手前で抜かしてきた寝台特急さくらに乗るためなのだ。そう本当は九州入りするのに寝台特急を使いたかったが、諦めて飛行機を利用。しかし実は諦めてはいなかったのだ。下りのさくらは下松−長崎間は立席特急券で乗車できるので、諫早−長崎間の立席特急券をわざわざ買っておいたのだ。鉄の執念岩をも通す。(笑)。しかし諫早の駅でもさくらにご乗車の際は立席特急券をお買い求め下さいとのアナウンスがあったので、そんなにマイナーなことではないようだ。さくらには初めての乗車であり、わずか30分足らずだが、嬉しくてしょうがない。乗客はといえば、悲しいくらいに乗っていないので、すでに片付けられた寝台に腰掛けて、14系に乗っている喜びを噛み締める。

さくらの入線 諫早駅 連結面からみたさくら・はやぶさヘッドマーク
14系15形さくら 長崎駅 さくらテールマーク
ヘッドマークははやぶさと共通になりましたが、
テールマークは昔のままです。
長崎駅に到着したさくら さくら・はやぶさヘッドマーク

長崎では3時間ほど時間を確保してあり、市内観光に出かける。と言ってもまた例のごとく路面電車巡りだ。(笑)。長崎の路面電車は市営ではなく長崎電気軌道による運営で運賃が今時100円均一というのでも有名である。低運賃のためか乗客はよく乗っており、来る電車、来る電車、満員御礼っていう感じだ。路線網も九州では一番発達しており、2系統が欠番で5系統までの計4系統が走っている。早速乗り込んで1日乗車券を買おうとしたが、1日乗車券は車内での発売はないとのこと。市内各所に1日乗車券の販売所があるそうなのだが、ちょっと分かりにくいが長崎駅の改札口を出てすぐ右側の観光案内所が近くて一番分かりやすのでここに紹介しておく。金額は500円と安いが、元々1回100円なのだから5回以上乗ると元が取れることになる。やはり1日乗車券は車内で買える方が便利で、他の都市のようにスクラッチ式にして欲しいところ。しかし、この1日乗車券の券面自体には、詳しい路線図と簡単な観光スポットが書いてあって観光客には便利だ。

長崎駅 長崎電気軌道 1501
長崎電気軌道 362 他の都市の路面電車では広告車が多い中、
長崎電気軌道ではグリーンにアイボリーのオリジナル塗装も
かなり走っています。ご覧のような旧型にオリジナル塗装車は
いいものですね。

この1日乗車券を手にまずは蛍茶屋へ。こちらも鹿児島市電同様、ノロノロと進んでいく。小学生の修学旅行生達が乗り合わせ、車内も賑やかだ。蛍茶屋からは5系統で石橋へ。ここで驚いたのが、グラバー邸へと続く斜坑エレベータと乗り継ぎで垂直エレベーターが設置されていたことだ。管理は長崎市でシルバー人材センターの人がエレベーターボーイ?として乗っている。ちょっとこの人にお話を伺うと、このエレベーターは約2年前に完成。坂が多く、住民に年輩者が多いので市が設置した。ついでに観光客にも使ってもらおうというもので料金は無料。このエレベーターの上からは長崎市内が一望できる。長崎の新しい名所にもなりつつあるので、長崎を訪れた際には、お勧めである。さてグラバー邸は以前もみているし、入場料も高いのでパスして、そのまま坂を下り大浦天主堂への向かう。こちらも入場はしないで外観だけ拝む。日本では西洋建築で唯一国宝に指定されている建物だ。

グラバー園に至る斜坑エレベーター スカイロード スカイロードを上るとご覧の用に長崎市内が一望できます。
こちらは斜坑エレベーターの先で乗り継ぐ
垂直エレベーター
国宝 大浦天主堂

次は5系統を賑橋でおりて、めがね橋を見に行く。なんかこの周辺は工事中でごたごたしていた。もう少しするときれいに整備されると思われる。賑橋からは4系統で正覚寺下へ。この4系統は蛍茶屋から正覚寺下の2.9Kmと短い区間を結ぶちょっと渋い系統だ。また正覚寺下の雰囲気がなんともいい感じ。ちょっと言葉では説明が難しいので写真でどうぞ。ここからは出島経由の1系統で赤迫へ。長崎の中心街から出島、長崎駅前、浦上駅前を経由する長い路線である。浜口町付近は専用軌道でショッピングビルの1階部分を貫通してトンネルのようになっていて、ちょっと面白い。この様子は並走するJRからも見ることが出来る。しばらく走ると終点赤迫に到着。赤迫からは滑石まで延伸計画もある。赤迫ですぐに折り返すが、思った以上に時間が押してしまい、時計とにらめっこ。本当は長崎駅に戻って、16時10分発シーサイドライナー20号に乗る予定なのだが、浦上駅前で降りて、JRで戻ることにした。長崎にも路面電車優先の信号システムがあるとよくなるのだが。浦上から長崎行の列車に乗ったら、この列車が折り返し、そのシーサイドライナー20号になるようだ。長崎に着くとこ の列車に乗るためホームには長蛇の列。ずるいけど、そのまま折り返し乗車をしてしまった。でもこれってルール違反だよね。きっと。ちょっと罪悪感。

長崎電気軌道 366号 長崎電気軌道 2001号
めがね橋 賑橋付近を走行する306号
正覚寺下に停車中の306号 正覚寺下の電停 
思わず鉄道模型のジオラマにしたくなるような風情です。
電車が入っているときはこんな感じです。 1204号 赤迫電停

で、本当は長崎でチャンポンでも食べようかと思っていたのだが、老舗の四海楼が定休日で、しかも時間もあまりなかったので、結局、お昼は食べずじまい。座席を確保したまま駅弁を確保しに行く。今回は長崎ということで中華弁当。しかし、車内はすごい混雑で座ってると言えども、とても弁当の包みを解く雰囲気ではない。この大村線って穏やかな大村湾が車窓に映りお気に入りなのだが、いつ乗っても混んでるんだよね。快速は約1時間ヘッドなので30分ヘッドくらいにしてもいいんじゃないかな。で、前から思ってるんだけど、大村線って地方交通線なんだけど、長崎と佐世保を結んでいて、途中にはハウステンボスがある。また大村付近には長崎空港もある。長崎空港まで枝線を作って大村線に空港連絡鉄道の機能を負わせてもいいんじゃないかなって思う。もちろん、単線非電化では限界があるのでこの際、電化と必要な個所は複線にして。なんか川島っぽくなってきたのでこれ以上はやめときます。(笑)。彼杵(そのぎ )あたりからようやく少し車内が落ち着いてきたので、長崎で買ってきた中華弁当を食べ始める。駅弁ってどちらかというと煮物系の和食が多いからかもしれないが、中華の駅弁っていうのもいいもので、おいしく頂きました。今、再生中のハウステンボスを過ぎると、早岐に到着し、佐世保線へと入る。ここで時間調整のため10分停車。最近といっても4、5年たつが、佐世保線にはさくらとあかつきの2本の寝台特急が乗り入れており早岐で方向転換をするため機回しなんて作業が行われていたが、それも今や昔。そのなごりのように転車台(ターンテーブル)なんかも見える。しかし、今では、佐世保に乗り入れる寝台特急はない。昔はこんなとこからでも、東京行の列車があったのだ。

浦上駅 ハウステンボス 車窓からもこんな風景が見られます。
中華弁当 長崎駅 中身はシュウマイ、春巻、エビチリ、煮豚などなど中華惣菜が
いっぱいです。
キハ200 シーサイドライナー20号 諫早駅 佐世保には松浦鉄道も乗り入れています。

早岐を出るとまもなく佐世保に到着。さきほど駅弁を食べたばかりだが、夕飯確保のためここでも駅弁を調達しておく、高架リニューアルされていて、駅弁売場がなかなか見つからなかったが、改札口を出た先の路地っぽいところにあった。ここでは「あごめし」というものを購入。「あご」ってよくわからないが...。(後ほど解説)。佐世保からはみどり26号で博多へ向かう。先ほども触れたが早岐で方向転換するため、佐世保を出る時点では座席の向きすべて逆にセットされている。陶器でお馴染みの有田から佐賀県に入り、次の停車駅の武雄温泉で途中下車。

佐世保駅 日本最西端の碑。
しかし、現在の最西端は沖縄都市モノレールの那覇空港。
九州内では松浦鉄道のたびら平戸口です。
ま、下の方にJRと書いてあるので、JRの中では佐世保駅という
ことなのでしょう。
783系 みどり26号 ハウステンボス号と連結する切妻側はこんな感じです。
みどりエンブレム 側面ロゴ

温泉と駅名についてるからには近くに温泉があるんだろうと勝手に思い、事前に調べたら、駅から比較的近くにあるというので降りてみた。しかし、この武雄温泉の駅は現在高架工事の真っ最中で、プレハブ駅舎は味も素っ気もない。おまけに駅前と言うような空間もなくいきなり道路に出る。よくあるような駅前の賑わいというのも皆無だ。ちょっと戸惑いながらもう1度、階段を上って、駅にある周辺地図とにらめっこしてなんとか場所を把握。佐世保方向へと歩き出す。500Mくらい線路沿いに進むと商店街風の街頭が灯りはじめ、少しづつにぎやかになってくる。駅から遠くになるにつれて賑やかになるなんてちょっと変。中心街に近くなったところで右に曲がる。道なりに500Mくらいすすんだところに、武雄温泉のシンボルである朱塗り楼門が見え、無事到着。歩いて15分くらいだったであろうか。しかしこの楼門、大正3年に建てたれたというから、大したものである。この楼門をくぐってすぐに公衆浴場がある。元湯は300円で昔からのお風呂で、ボディーソープやシャンプーなし。蓬莱湯が400円で、洗い場に、ボディーソープとシャンプー付き。ということで蓬莱湯に入る。湯量 が豊富なので、もちろんかけ流し。ここの温泉は入ると肌がつるつるになって美人の湯とも言われているが、実際、本当につるつるする。値段も安いし、武雄温泉はお勧めである。しかし本当に駅前には何もなく、温泉地までの道も歩きやすいとはいえない。将来、ここには九州新幹線長崎ルートの駅が出来る予定にもなんっているので、いまのうちから整備を考えて欲しいところだ。さてここで2時間程の時間をとっていたのが、時間が余り気味。とりあえず、30分ほど早い各駅停車で肥前山口へ。

武雄温泉駅 武雄温泉のシンボル 楼門。大正三年の建築です。

そしてここから、みどり30号で博多へ向かう。本当は武雄温泉からみどりに乗る予定だったのだが、あまりにも退屈だったもので、肥前山口までやってきた。みどりの車内で佐世保で購入しておいた「あごめし」を食べる。あごとはトビウオの幼魚で、炊き込み御飯の上に一夜干ししたあごがのっていて、さらにオレンジいろのトビウオの卵がちらしてあり、見た目にもきれいだ。そして再び博多へ戻ってくる。博多からはまたしても今夜のお宿になるドリームにちりん。3日目になれば、もう勝手も知れて慣れたものだ。

あごめし 佐世保駅 中身は炊き込みご飯の上に一夜干のあご(とびうおの幼魚)と
とびうお卵がのっています。
博多に到着したみどり30号 博多で出発を待つドリームにちりん

2004年6月10日(木)

今回の鉄も折り返し地点を過ぎて5日目に入る。今日は宮崎から日南線で志布志へと向かう。宮崎ではわずか3分の乗り継ぎ時間で、食料の調達も出来ないままキハ31に乗り込む。キハ31は国鉄末期に登場した少数派気動車でステンレス車体に青帯のいでたち。ワンマン化仕様になっており、車内にトイレがないので日南線では必ずキハ40またはキハ47とタッグを組んで運用されている。というわけでアイボリー塗装とステンレスの2両というチンドコ編成になる。しかし早朝というのに車内は結構、混雑。空いてる席を見つけるのがやっとだ。南宮崎からはさらに乗車が続き、立ち客もでる。通勤とは逆方向と思われるが、ほとんどの乗客は日南、油津まで乗車して降りて行った。逆方向の通勤も若干存在するようだ。油津では時間調整のため20分以上の停車。車内をガラガラにして再び志布志へと動き出す。

日南線 キハ31 宮崎駅 キハ40と油津駅名標

日南線は指宿枕崎線とよく対比されるが、指宿枕崎線のように景色に変化があるわけでもないし、日本最南端なんてものもないのでやや地味な印象があるが、油津より先の区間でも、指宿枕崎線の山川より先の区間より運転本数は倍近く、朝晩は1時間に1本、日中でも2時間に1本程度が運転される。そして志布志の手前の大隈夏井からは大隈という旧国名でお分かりかと思うが、鹿児島県に入る。この大隅夏井から地元客が数名乗ってきた。志布志は狭い1面1線のホームがあるだけで、あまり趣深い駅ではないが、私にとっては学生時代に、ここでJR完乗を達成した思い出の地でもある。そして、さらにその昔は、ここから国分に向けて大隈線と西都城に向けて志布志線2線が分岐していた、一大ターミナルだったはずだが、今やその面影もほとんどなく、南国の末端駅の様相を呈しているに過ぎない。今でも残っていたら鉄ももっと面白かったんだろうな...。
さて志布志には9時40分着で折り返しは10時33分と小1時間の時間がある。駅前散策なんて言っても大した駅前があるわけでもなく、ちょっと歩くとファミレスがあったので、ここで朝食を取ることにした。今朝は宮崎で弁当の仕入に失敗し、この先も食事を取るところがなさそうなので、ちょうど良かった。食事を終え、志布志駅も向かうと朝から怪しい天気だったがいよいよ雨がぽつぽつと降り出し始めた。先ほどの同じ列車に乗り込むと、行きに大隈夏井から乗ってきた地元のおばちゃんも乗っている。手には生協の買い物袋。そういえば、駅からすぐ近くに比較的大きな生協がありました。なるほど、折り返し1時間あれば、十分買い物が出来るわけだ。でもスーパーって普通10時開店だから、実質30分弱しかないんだよね。ちょっと慌しい買い物かも。しかし、車社会でも車が運転できない年輩の方はこういう鉄道の使い方もあるのだ。おばちゃんは、今晩の夕飯の材料を抱えて大隅夏井で降りて行った。

志布志駅 志布志に停車中のキハ40
志布志で出発を待つキハ31 志布志 駅名標
ここで線路が途切れます。
昔はここから、大隈線、志布志線と2線が分かれており
一大ジャンクションだったはずですが、広い構内に往時が偲ばれます。
キハ31とサボ

その後、再び宮崎県に戻り列車は雨模様の曇天の海岸線を淡々と進む。油津に着いたところでこの列車を降りる。鵜戸神宮に行くためである。駅前のバスターミナルから宮崎交通のバスに乗り継ぐ。バスはまずは市街地を走行。日南市は名前はよく聞くが、日南線の運転本数から、かなりひなびた街を想像していたが、大きなデパートまであるかなり活気のある街で驚く。地方バス路線の典型とでも言うようにいくつかの病院を経由しながら海岸線にでて、30分くらい乗ったところで鵜戸神宮入口に到着。ここからは徒歩。まずは、やや遠回りの海岸線の道へ行く。鬼の洗濯岩とも呼ばれる天然記念物に指定されている波状岩を眺める。20分強歩いただろうか。やっと鵜戸神宮にたどり着く。岸壁の岩場の洞窟にある神社は、他にはない雰囲気で一見の価値ありです。参拝をすませ、今度は、旧参道と呼ばれる山越えの道を帰ることにする。バスの時間まで30分以上あるが雨脚も強まり、おとなしくバスを待つことにする。ありがたいことに、ここの鵜戸神宮入口のバス停は民家に隣接しており民家の軒先が屋根代わりになって、しかもベンチもおいてあるのでここで座って待つ。軒下には雨にも関わらず 、天草なんかが干してあり、あたり一面磯の香りが漂う。こういう地方のバス停で一人バスを待つというのは、本当にバスはやってくるんだろうかという不安もあるものだが、交通渋滞がない分、かえって東京より正確な時間にバスはやってくる。再び油津BTまで戻ってくる。次に日南線までやや時間があるので、行きに気になったデパート(山形屋)まで散策。せっかくなので500mlのペットボトルのお茶を買う。

鵜戸神宮 この下の岩場の洞窟の中に本殿があります。
下に写っているのが亀石です。縄がかかっている真ん中にある
穴に男は左手、女は右手で、石を投げ、入ると願いが叶うと言われて
います。石は5個百円で売っています。
鬼の洗濯板と呼ばれる波状岩です。
国の特別天然記念物に指定されています。

油津からの日南線はキハ40の黄色塗装の日南線色で宮崎まで戻ってくる。日南線は先行きもあまり明るくない、いかにもローカル線という様相を呈しているが、日南市の規模を考えると活性化の道は十分あるように思える。現在、1時間〜2時間に1本の列車が油津と宮崎の間を約1時間20分かけて結んでいるが、1時間に1本、油津−宮崎間を1時間で結ぶ快速を新設する。そして田吉で、宮崎空港行きに接続するみたいなダイヤを作ってみてはいかがだろうか。使用車両はキハ200。運賃も油津−宮崎間の正規運賃が片道1080円だが、宮崎、南宮崎、宮崎空港各駅間往復で1500円くらいの往復切符を出す。当然、油津、日南、青島等の駅にはパーク&ライドの駐車場を設ける。なんてのはやっぱりダメですか?守りではなくたまには鉄道も攻めてみましょうよ。

日南線カラーのキハ40 イルカのシンボルマーク
側面ロゴ 783系 にちりん11号 宮崎空港駅

南宮崎からは今日のメインイベント寝台特急彗星の立席で延岡へと行く予定だが、1時間程、時間があるので、時間つぶしに宮崎空港を往復する。宮崎空港まではにちりん11号で向かう。前にも書いたがこの区間は特急券不要だ。日南線を田吉まで進み、ここから左に分岐し、高架を駆け上がりそのまま大きくカーブして宮崎空港へ到着。
せっかく宮崎空港まできたのだから、ターミナルの売店に行ってみる。ここで今流行りの駅弁ならず空弁のさば寿司を仕入れる。宮崎空港では列車が到着まで改札を行なわないので、改札の手前の待合室で待たされるのだが、ここは待合室と呼ぶほどの大きさもなく、座れる人数も限られているので、ちょっと改善が必要な感じだ。次に乗る列車はひゅうが2号。なにげに「ひゅうが」は初仕切りだ。ってこのまま乗っていれば延岡まで着くものを...(笑)。

宮崎空港駅 改札口からホームを見ています。意外とホームの幅が狭いです。
ホームからは飛行機も見えます。これはスカイネットアジアですね。 485系 ひゅうが2号 宮崎空港駅
ひゅうが 方向幕と側面ロゴ きりしま&ひゅうが編成の485系は元ハウステンボスのように
1両こと違った塗装になっています。 緑車両
黄車両 青車両

宮崎まで行って再び南宮崎へ戻る。<何をやってんだか...。南宮崎までは817系。座席は転換クロスシートで普通列車ながら木と組み合わせた本革を使用した贅沢な作りになっている。白木と革の黒がとても軽快な印象だ。わずか1駅だが、この車両も初体験なので、くだらんことをやっててもそれなりに収穫はあるものだ。(笑)。

817系 宮崎駅 側面ロゴ
ドア横のマーク 座席は近郊型なのに、本革仕様の転換クロスシートです。

そして南宮崎からは、いよいよ彗星。今回2度目のブルートレイン。彗星には高校の修学旅行以来17年振り2回目の乗車だ。電源車のない14系なので、機関車+4両の客車で先行き不安のある短い編成だが、ヘッドマークを付けた姿は痩せても枯れてもブルートレインだという風格が漂う。4両の客車のうち、立席での乗車が認められているのは最後尾の1号車のみ。南宮崎から延岡の間で乗車し寝台を利用する客は2号車〜4号車を振られ、立席の客と合いまみれることはない。立席使用の終わる延岡以降、1号車にも寝台客を受け入れる。ということでさっそく1号車乗り込み、中ほどのボックスに腰掛けるが、窓ガラスに埃がかかっていて見通しがあまりよくないのは残念だ。こういうところの清掃はきちんと行なって欲しいところ。さて南宮崎をほとんどお客はいない状態で出発。このままガラガラなのかと思い気や、宮崎で様子が一変した。多くの乗客が普通の普通の特急列車のように乗り込み、自分の区画は計5人が占めるようになった。日豊線南宮崎−大分間の特急は1時間に1本で、少ない上、ちょうど夕方の時間帯で、しかも、前の特急が出て約30分、このあとの特急まで30分とちょ うど真ん中に運転されているので、立席利用の乗客も多いようだ。しかしどの乗客も寝台特急だからと言って、戸惑うこともなく、地元客でこの彗星の立席も乗りなれているようである。さて車窓は日向市付近で元祖リニア実験線が見えてくる。山梨とは違って単線のようだが、今はさしたる試験も行なっていないようでちょっともったいない気もする。そうこうするうちに南宮崎から約1時間半で南延岡に到着。約半数が下車。そして続く延岡では当然だが全員が下車をした。昨日の「さくら」は30分足らずだったが、今回の彗星は、十分堪能できた。

寝台特急彗星 南宮崎駅 彗星 ヘッドマーク
14系15形 彗星テールマーク
方向幕 日向市付近の元祖リニア実験線

延岡からはなぜか今通ってきたばかりの南延岡まで1駅をにちりん19号で戻る。ここで今晩のお風呂。宮崎県は駅のそばに銭湯があまりないのだが、ここ南延岡には徒歩15分くらいのところにスーパー銭湯「がらっぱの湯」があり、ここに入りに行く。事前におおよその検討はつけておいたが、確実な場所はよく分からず、とにかく、家でプリントしてきたYahooの地図を片手に歩き出す。駅を降りて宮崎方向に折れてから線路に沿うように歩き、500Mほど行ったところで左に曲がり線路を踏み切りで越えると国道10号に出る。これを右に曲がるとすぐに左側に賑やかなネオンがかがやくドライブインが見えてきて、ここにがらっぱの湯の大きな看板があるので、ここまでくればすぐ分かる。実は、スーパー銭湯なるところへ初めてきたのだが、すばらしい。中は清潔だし、洗い場もたくさんあり湯船も大きく、ジェットバスとか寝湯、座り湯なんていろいろある。小さいながらも露天風呂、洞窟風呂なんてのもある。電車の都合でここで3時間近く時間があるので、ゆっくりと入ってきてしまった。それでも時間が余ったのでロビーで備え付けの新聞なぞ読んでくつろいできた。これで入浴料は 400円。宮崎周辺で鉄最中にお風呂に困ったら絶対お勧めです。

延岡駅 延岡には貨物駅もあります。
延岡 駅名標 このような素朴な駅名標は珍しくなりました。 にちりん19号

さて、再び、暗い夜道をとぼとぼ南延岡に戻り、最終のにちりん23号で南宮崎へ。ここで宮崎空港で仕入れておいた空弁のさば寿司を食べる。しかし、ちょっと脂がのり過ぎって感じでおなかにもたれてしまいました。量もちょっと多すぎたかも。1本じゃなくて半分のにすればよかったかな。そして、南宮崎で今晩がいよいよ最後となるドリームにちりんに乗り込んだ。

宮崎空港で買った空弁 鯖一本寿し 背開きにした鯖の押し寿司です。
南延岡駅 783系 ドリームつばめ 南宮崎駅
783系 側面ロゴ 方向幕

2004九州 〜ようこそ鉄道のテーマパークへ〜
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