大阪鉄 2003夏 後編 〜阿修羅のごとく〜


大阪での2日目。今日は京阪乗る人おけいはん。ということで京阪方面を攻めてみる。1900系の特急色、3000系特急型になんか乗りたいが、こればっかりは運用が分からないので行き当たりばったりになりそうだ。まずは、京阪の大阪側の起点である淀屋橋へ。京阪のコンコースまでたどり着くと、まもなく特急の発車という案内放送がある。慌てて、ホームに駆け下りて飛び乗ったのがいきなり3000系。朝一からついてる!<と思うのはここまでだったってことがこのあと痛感することになる。とりあえず、ダメ元でダブルデッカーの2階席に上がってみるとまだ席もあいている。本当にラッキー!この3000系。昭和47年製で、他はすべて新型の8000系に置き換えられたのだが、この1本だけ、今なお現役で活躍しつづけている。容貌も2世代前くらい前って感じで半レトロっぽい雰囲気がただよっているところがいい。手狭な淀屋橋を出発、しばらくは地下区間を進むが天満橋では地下ながら2面4線のホームを持ち、朝晩はここで折り返す列車もある。京橋から地上にでるとここからは関西私鉄では一番長い複々線区間に入る。方向別の複々線で急行線は内側を走る。各駅停車をじ りじりと抜き去る場面は複々線ならではのダイナミックな光景でもある。この複々線は寝屋川市の手前で終わり、複線に戻るが寝屋川市は2面4線のホームを有している。なぜ、寝屋川市まで複々線にしないのか疑問が残るところではあるが、おそらく、その手前に寝屋川車庫があるのでここまでにしたのであろう。複線になったからといって、特急の速度は衰えず、その後も快調に次の停車駅の中書島を目指して飛ばしていく。八幡市をすぎ、木津川、淀川、を越えて淀車庫を見下ろしながら高架を走り、車庫の様子を興味津々に眺めていたのだが...。あ...。なんと特急色の1900系が入庫してるではないか...。なんてこったい。わざわざこれ目当てで東京からきたというのに...(泣)本当は中書島でおりて、宇治線で1900系を捕まえようとたくらんでいたのだが、もろくもその野望は崩れ去ったのである。仕方ない、とりあえず、この3000系の写真も撮りたいし、とりあえず終点の出町柳まで行くか。地下ホームながら適当に写真を取って、先発する急行で三条へ。三条で再び、3000系を待ち伏せして撮影する。三条も地下駅なのだが...。さて、このあと、どうしようか. ..。

大阪市交通局10系 昨晩うまく撮れなかったので今朝もう1枚。
左下には市営交通100周年のステッカーが貼られています。
これが京阪のる人、おけいはん。です。この女性がおけいはんこと
淀屋けい子。なんとおけいはんにはお母さん、お父さん、妹などなど
ちゃんと家族までいる設定なんです。
たった1編成だけ残る3000系特急。 三条駅 京阪のダブルデッカーはこの3000系の改造車両から始まりました。 出町柳駅
全体的に2昔前くらいの雰囲気が漂っています。 三条駅 こちらは8000系特急 三条駅

なんか予定狂ってしまったので、とりあえず、スルッと関西2DAYパスが利用できるという坂本ケーブルに行く。かなり昔に行ったことがあるが、あれから車両もリニューアルされているらしい。とにかく、京神線の生まれ変わりの京都市営地下鉄東西線へで浜大津へ向かう。京阪大津線はこの地下鉄東西線と京都市役所前まで片乗り入れを行っていて、ライトブルーとイエローのパステルカラー調の京阪800系車両が15分ヘッドで乗り入れてくる。4両編成のうち両先頭車のみ1+2のクロスシートになっており、1人掛けのクロスシートに腰掛けた。御陵を出ると地下鉄と分かれて地上にでて京阪山科になるが、地下鉄にも山科がある。場所的には双方ともJR山科駅前に位置して同一駅でもよさそうだが、京阪山科で下りてしまうと、御陵−京阪山科間の初乗り運賃が科せられてしまう。その注意が、駅ホームや車内にもしつこいくらいに掲示してある。なんか杓子定規だよな。確かに理屈はそうだが、こういう区間は特例として千代田線とJR常磐線の綾瀬みたいな感じでどちらに乗っても同じ運賃にした方がユーザーライクなのに...。だって、三条京阪から山科に行くのに、たまたますぐに 来た電車が京阪だったら、1本待つか御陵で乗り換えなければ230円で行くところを320円も取られてしまうのである。一般利用者からみれば、ちょっと到着ホームが違うだけのことだ。乗りなれている人ならば分かるかもしれないが、初めての人などは誤乗の可能性も高い。せっかく、地下鉄ができてハード面は便利になったのだから、ソフト面でも便利にして欲しいものである。京阪山科をでると、ここから先は元京津線を辿る。上栄町を出ると、いきなり併用軌道へと踊りでる。昔のような路面サイズの電車ならわかるが、地下鉄乗り入れようの中型車両でしかも4両編成の電車がのそのそと路面を走る様はどこか異様だ。浜大津は大津線の終点だと言うのに、石山坂本線と共用の1面2線で、ちょっと窮屈そうだ。乗客を下すと、すぐさま、石山方の引き上げ線に入って本線を明け渡す。まもなくすると坂本行が入線。いかにも路面らしい2両編成だ。石山坂本線は無人駅も多く、車掌がせわしなく車内を行き交い、出札、集札を繰り返す。よって、スルッと関西も利用できないエリアになるが、フリー乗車券である2DAYきっぷ、3DAYきっぷは提示することで乗車ができる。

6000系急行 京津線800系 浜大津
石山坂本線 600系 浜大津駅 坂本駅

坂本からは徒歩で約10分程のケーブル乗り場へ行く。徒歩10分といってもだらだら坂を上っていかなくてはならないのでちょっとハードだ。やっとついたと思ったら、ケーブルカーは出発したばかりで25分ほど待たなくてはならないはめになる。なんかついていない。ところで、この坂本ケーブルのケーブル坂本駅は有形文化財に指定されている。大正時代に建てられており、どことなく大正ロマン漂う洋風建築である。そして、びっくりするが、なんとここはスルッと関西に対応しており、改札口にカードリーダーが設置されている。片道860円。往復で1720円だから、2DAYきっぷや3DAYきっぷはここに乗るだけでかなり元がとれてしまう。なんで、こんなところで、通用するのかと思えば、坂本ケーブルは京阪グループなのである。車両は最近リニューアルされたばかりでやや大型の車両。2両の車両にはそれぞれ、「福」、「縁」という名前がつけられており、「福」は乗った人に福が訪れるように。「縁」はご縁がありますように。との思いから名づけらているどうである。また最近のケーブルカー新車の傾向はボックスシートではなく、一番前を除き、全席下向きに設置されてい ることだ。こういう乗り物の場合、なるべく前向きに乗りたいという意識が働くものだが、実際は、ケーブルカーの車両は斜面に沿って階段状になっており、前方は前の座席に高く立ちはだかれてしまう。それならば、いっそのこと階段状のなっているのを逆手にとって全席下向きにすれば、全席が展望席になるわけである。実際、山の斜面を睨みながら登るのも楽しいが、後ろ向きで序々に高くなっていく景色を眺めていくのもまた楽しいものである。この坂本ケーブルでも、上っていくにつれ眼下に琵琶湖が見え出し、車内の案内放送も、そのつもりで流されている。ケーブル延暦寺に到着。

ケーブル坂本駅 ケーブル坂本駅舎内 天井から吊っている電気がレトロっぽい漢字です。
ケーブルカーが下りてきました。 駅に停車中のケーブルカー
ケーブルカーの車内の様子 全ての座席が下を向いています。 ケーブル比叡山に到着です。 この車両は「福」号です。

せっかくなので、延暦寺の根本中堂を拝観。ここでもクーポンが利用でき1割引に。さすが世界遺産&国宝&日本3大霊場の1つだけあって、全体の雰囲気がおごそかであるが、観光客の多さがその雰囲気を相殺していてちょうどよいのかもしれない。(笑)。さて、参拝を1時間弱で終え、再び、ケーブル比叡山に戻る。このケーブル比叡山駅も下のケーブル坂本駅同様、大正末期の建築で黄味がかった建物がとても瀟洒な印象を受ける。

比叡山延暦寺根本中堂 これが根本中堂です。
ケーブル比叡山駅 黄色の駅舎です。 このレールを下って行きます。
こちらは「縁」号です。

坂本まで戻ってきて、再び、石山坂本線に乗り、途中の近江神宮前で下車する。というのは、行きの車内から、車庫に止まっている京津線から引退した80系の姿が見えたからだ。配置からいって、車庫の敷地外からも以外と近くに見えそうなので、これはもう降りてみるしかない。この車庫は石山坂本線の錦織車庫で、近江神宮前に隣接している。とにかく、近くまでいくと80系が間近に止まっていたので写真を撮る。80系はかつて京津線で走っていた車両だが平成9年の東西線乗り入れと1500V昇圧を機に引退した車両である。この車両、廃車解体になるところを京阪ファンの有志が保存運動を行い、京阪の理解もあり、見事に生き残ったのである。そもそもの活動の始まりは例の2ちゃんねるというのだから、2ちゃんねるも捨てたものじゃない。ちょうど、この日、公開日であったようで、美しく塗装されたツートンカラーの車体が青空に映えていた。浜大津まで戻り、乗換え時間を利用して、併用軌道を入る800系を撮影後、京阪三条へ戻る。

偶然京阪80形に遭遇しました。錦織車庫 近江神宮前に隣接している錦織車庫です。
浜大津駅 4両編成の800系が路面を走る姿はある意味で異様です。
交差点を右折して浜大津駅に進入します。
ちょっとアングルが鉄道ジャーナル10月号ぽいです。
別方向から石山坂本線もやってきます。
この車両は路面走行にぴったりです。 交差点内でのすれ違い

さて、これからどうするか...。もしかしたら、特急色の1900系があれから出庫して運用に入ってるかもと淡い期待を持って、宇治線へと向かうことにした。ちょうど来合わせた電車は一般色の1900系。緑のツートン色も乗りたかったので、まあいいか。中書島からは、特急色の1900系を探しに、宇治まで行ってっみるが結局、宇治線にはいないみたい。しからば、もう1つの支線である交野線へ。しかし、結局、ここにもいなかった。(泣)。1つ収穫があったのは最新型10000系に乗れたことぐらいだ。この10000系は従来の京阪カラーから脱却し、ターコイズグリーン1色の塗装で目を引く存在だ。

京阪1900系 前面改造タイプです。 前面は新車のような感じですが、この角度から見ると、
屋根の部分なんかが古めかしく見えていい感じです。
京阪2600系 中書島 宇治に到着した2600系
こちらは前面がオリジナルに近い1900系 京阪6000系 急行出町柳行 急行は今度の改正でなくなるので
これで見納めになります。
再び遭遇した京阪3000系 中書島 京阪9000系 真ん中の水色の帯が特徴です。 
京阪2600系 交野線 最新型京阪10000系 ターコイズグリーンが鮮やかです。

さて、本来なら、早々に1900系に遭遇したあと、丹波橋から近鉄で奈良にでて、阿修羅像のある興福寺に行こうと思っていたのだが、すでに3時半を回っており今日のところは断念せざるを得ない。仕方ない、それじゃ、今日の残りは阪急の6300系でも乗りに行くか。ということで、淀屋橋まで戻る。戻る途中の寝屋川車庫には今朝と同じように特急色の1900系が眠っていた...。淀屋橋からは御堂筋線で1駅の梅田へと出る。

御堂筋線には少数派北大阪急行8000系も端っています。

阪急梅田駅は、言わずと知れた10面9線のホームが櫛形に並ぶ私鉄最大のターミナルである。そこに、阪急マルーンで統一された電車が次々に発着する様子はとても壮観な眺めである。この阪急梅田駅をしばし観察することにする。改札口を入ると、右側から京都線(1号線〜3号線)、宝塚線(4号線〜6号線)、神戸線(7号線〜9号線)と並んでいる。東京や、JRのように1番線、2番線ではなく、1号線、2号線となっているのも阪急の特徴である。最初に案内放送を聞くと、少し戸惑いを感じる。そして、1号線には京都線特急、2号線には京都線急行、3号線には京都線各駅停車。4号線には宝塚線特急...と各号線にはほぼ決まった行き先と種別が発着するので、のりばが多くても利用者には分かりやすいしくみになっている。また、各線の両側にホームが設置されており、すべて、降車ホームと乗車ホームが分かれているので、乗降もとてもスムーズである。ただ、9号線まであるとは言っても、先に述べたように京都線、宝塚線、神戸線がそれぞれ、3本づつの利用で、大手私鉄には1路線で2面4線クラスのターミナルを有しているものも少ないないことを考えると、資源はそんなに 潤沢とは言えず、各線からはひっきりなしに電車が発着している。さて、観察はこのくらいにして、京都線特急限定運用である6300系に乗るべく1号線で待っていると、6300系ではなく7300系がやってくる。塗装だけは一丁前に上部がクリーム塗装の特急色だが、3ドアロングシートの車内では特急の魅力も半減する。ホームの電光掲示板の案内では、次に来る特急も3ドア車との案内がでているので、とりあえず、これに乗ってしまって、途中の高槻市あたりで折り返してくるときに6300系を狙おうと考える。16時30分、河原町行が発車。どこかで聞き覚えのある音楽が流れてきたと思っていたら、うちにある大学の先輩から貰った阪急6300系の形をした目覚まし時計の音と同じだ。毎朝聞いているのだが、こうしてオリジナルを改めて聞くのは初めてだったのでなんだか感動してしまった。(笑)。と同時に、宝塚線特急、神戸線特急も同時に発車。阪急名物の3列車同時発車もまだ健在。

10面9線の阪急梅田駅の壮観な眺め。
停車中の列車はすべて阪急マルーン一色です。
行先看板発見。こんなとこにあるところを見るとまだ時々使っているようです。
京都線 7300系河原町行特急
百の桁の3は京都線の車両であることを示しています。
神戸線 3000系 新開地行特急

十三までの3列車並走はなかなか壮観である。停車駅の案内があって、聞いていると、十三、茨城市、高槻市、長岡天神、桂、烏丸、河原町。ええっっ。今、そんなに停車駅多いの?これじゃ、特急じゃなくて急行だよ。昔は十三をでると、嵐山線が分かれる桂までノンストップだったのに。車両も7300系のロングシートだしさ。特急もだいぶ地に落ちたものだ。以前、特急がKRの新快速に対抗して高槻市に止まるようになったことは聞いていたが、その後、ここまで停車駅が多くなっているなんて。ただ、前まで運転感覚が15分ヘッドだったものを10分ヘッドにしたので待たずに特急に乗れるメリットはできた。おそらく、その改正の時に停車駅も増やして、列車本数が増えた分だけ6300系だけではまかないきれなくなって、7300系も運用に入ったのだろう。しかし、この秋には特急型の待望の後継車両である9300系がデビューする
予定になっている。3ドアながら、クロスシート車のようなので、デビューが待たれるところである。十三では、ホームの先端部分から、それぞれの方角へ向かってカーブで分かれており、こちらは右に大きく折れて、京都線を進む。とりあえず、河原町まで言っても仕方ないので、高槻市で下車。10分に1本とのことで、こちらが駅に到着するのと同時に、6300系の梅田行特急とすれ違ってしまった。しかし、階段を降りて、隣のホームに行く間に10分などすぐに過ぎてしまうようで、まもなく次の特急が入線してきた。前面に銀の飾り帯をつけた、6300系である。2ドアに間に、ずらりと窓が並んでいる様子は、やはり特急車両の貫禄十分である。車内もオリーブ色の転換クロスシートが並んでいる。一番前には1976年ブルーリボン賞のエンブレムを誇らしげに掲げられている。梅田までまで戻り、何枚か写真を撮っていると、3号線に京都地下延長線40周年に記念ヘッドマークをつけた列車が入ってきた。なんとなく今日1日ついていない感じだったが、思いだけないことだっただけにこれがせめてもの救いとなった。とは言っても時間も6時を回り、なんか消化不良の感じが拭えない ながらも今日の予定は終了した。

京都線 2300系梅田行急行 高槻市駅 地下鉄堺筋線直通 3300系 天下茶屋行普通 高槻市駅
京都線 6300系河原町行特急。 1976年度にブルーリボン賞を受賞しています。
京都地下延長線開通40周年のヘッドマークをつけた車っ良に入線。 ヘッドマークのアップ。

さて、翌日は、東京に帰る日でもある。朝6時半に出発できたので、このまままっすぐに帰ってもつまらない。昨日のリベンジということで今日も淀屋橋へと向かう。とにかく、先発の準急に乗ってしまう。そういえば、京阪は天満橋から都心側に分岐して中之島新線の工事が進められており、2008年度に開通する予定である。これが開通すると、手狭な淀屋橋のターミナルにも余裕がでてくるであろう。京橋を出るか出ないかの頃に、なんと、天満橋行の特急色1900系とすれ違う。!!!今日は運用に入ってるんだ。なんとかこれを捕まえようと思った時にはちょうど京橋をでたところ。次の停車駅は萱島である。準急のくせに、やたら、停車駅が少ない。門真市にも停車しないのだ。はやる心を押さえながら、萱島からとりあえず、門真市まで戻って1900系を待つことにした。やってきたのは萱島発の特急型の8000系使用の区間準急の淀屋橋行。区間準急は門真市まで各駅に停車する。はとの特急ヘッドマークは黒幕になってしまっている。ここははとの固定幕かと思っていたのだが、ちゃんと回るんですね。初めてみたのでちょっと驚きです。ダブルデッカーの1階部分に乗ってみた。ち ょうど7時を過ぎた通勤時間帯。こんな快適な環境で通勤できるなんてかなり羨ましい。門真市で、再び京都方面のホームで、数本待ってみる。ここは複々線のど真ん中ということで、急行線にはもうスピードで列車が駆け抜けていき、緩行線には、頻繁に列車が到着していく、3本くらいやり過ごしたであろうか、ホームにある発着案内には「普通 出町柳 5両編成」 との表示。期待が高まる。そして期待通りやってきました特急色の1900系。なんか執念で捕まえたという感じだ。車内は一般の1900系と変わらないが、広告が、すべて京阪の懐かしの写真が掲載されていて、レトロムードを盛り上げている。どこまで乗ろうか。とりあえず、乗れてしまえば満足だし、京都まで行ってしまっても、地下駅だからかえって撮影には向いていない。ということで、複々線が終わる寝屋川市まで行くことにした。寝屋川市で1900系特急色を見送り、これで、京阪に思い残すこともなく、準急で再び京橋まで戻る。とはいうが、さすがに、ラッシュ真っ最中でかなりの混雑。といっても複々線効果もあり、東京ほどではない。

淀屋橋行 区間準急は8000系。はとマークがないのに注目です。 京阪2600系。 門真市駅。
執念で捕まえた1900系特急色。 門真市 まだ塗装が非常に綺麗です。
元特急車、未だ健在です。 京阪5000系 元祖多扉の5ドア。朝の通勤時間帯には今でも
威力を発揮しています。

京橋からは今や学研都市線と言う方が通りのよくなった片町線で木津へ向かうが、木津行が出たばかりで40分以上も時間がある。京橋の暑いホームでぼーっと待っていても仕方ないのでとにかくやって来た四条畷行の207系に乗る。なぜか楽しそうにUSJのヘッドマークがついている。四条畷で今度は後続の松井山手行に、松井山手ではさらに後続の同志社前行にと次々に乗り継ぐ。こうしていると、少しづつ40分の時間が縮まって、待ち時間の負担が軽く感じられる。同志社前行きは手前の京田辺でしばらく時間調整ということで止まる、なんか前方でガチャガチャ音がする。虫が知らせたのか、なんとなく下りてみると、切り離し作業をしているではないか。なんと、前の3両が同志社前行で、後ろは折り返し列車になる。え?車掌の案内放送、聞こえなかったよ。ということで、慌てて、前の車両に移った。このまま馬鹿面して座っていたら、逆戻りしているところだったよ。と胸をなでおろす。ここのあたりでは近鉄が近くに走っているらしく、近くに近鉄電車が見え隠れしてくる。同志社前に到着して、次の列車まで、まだ20分近くの時間がある。一度、下りてみようと構内改札を渡るとな んと駅舎はサロ581の廃車体であった。貨車を駅舎に使うのは北海道なんかの無人駅ではよくみるが、電車の駅舎は初めてみる。ここで突然、そうだ、近鉄に乗り換えた方が、早そうだし、どうせ目的地の興福寺は近鉄奈良からの方が近いから乗り換えようと思い立つ。改札口の女性駅員に近鉄の駅は近いかを訊ねると、すぐだとのこと。

USJのヘッドマークをつけた学研都市線207系 四条畷駅 207系 松井山手駅
207系 同志社前駅 あ、これはもしかして583!? 同志社前駅
待合室です。室内やベネシャンブラインドの窓のあたりに当時の
面影が残っています。
同志社駅前全景です。サロ581の原型をよくとどめています。

あたりは田んぼばかりで道も簡単そうなので、とりあえず、JRの跨線橋を渡り、近鉄の線路が見える方に歩いていくと、駅はすぐに分かった。だいたい徒歩で5分くらいであろうか。とりあえず、スルッと関西を持っているので、運賃も確かめずに改札口を通ったはいいが、いったいここはなんという駅名かも分からない。(笑)ホームに下りて、駅名標をみると「興戸」という駅だった。それにしても近鉄電車はすぐにくるのかという不安があったが、各駅停車しか止まらないが15分間隔で運転されているようで、すぐに電車がやってきた。途中、特急に抜かれたあとに、急行柏原神宮行に乗り換える。西大寺でホーム接続で奈良行きに乗り換えて、無事近鉄奈良に到着した。

近鉄 興戸駅 近鉄1000系
近鉄8000系 近鉄奈良駅 近鉄奈良駅

さて、近鉄奈良に来るのは本当に久しぶりである。駅前の案内板で興福寺の場所を確かめると、本当にすぐそばでわざわざ調べるほどのこともなかった。奈良公園と続くような形で境内が広がっており、木々の間に五重の塔が見えてきた。まずは、本殿の参拝。と言っても300円の拝観料が取られる。月光菩薩に日光菩薩、どれも国宝ばかりが並ぶが、ここにはお目当ての阿修羅はいない。
参拝を終え、国宝館へ。ここの入場料は500円。拝観料貧乏とはこのことが、これだけ重文、国宝が一度に見られればお金を払う価値はある。そして、やっと阿修羅像とご対面。テレビでみたものと同じ3面六肱の像である。なぜ、今回、ここまでしてこの阿修羅にこだわり、阿修羅像を見たかったかは、言うまでもなく、私が阿修羅にそっくりだからである。
「阿修羅」とは、言い争いの象徴とされるインドの神で、表面的には仁義礼智信をかかげながら、実は猜疑心が強く、互いに事実を曲げ、他人の悪口を言い合うという。争いごとが好きで、帝釈天と常に戦う、戦いの神様でもある。梵語ではAsuraと言って、A-suraだと生まれくる創造神。Asu-raだと非天ということで、全く逆の神になる。そしてその姿、仁王像のように、筋肉隆々でもなく、釈迦像のように、がっちりとしてもない。阿修羅像は珍しく、線の細い体形で、6本の腕は、まるで少年のような感じである。これも自分によく似ている。そして最後に3つの顔。正面を向いて手をあわせている姿は、普段、仕事で見せているようなまじめを装っている姿。右は、プライベートの時の顔。そして左は、まだ誰にも見せていない悪の部分。一人になったときに見せる邪悪な自分。(ニヤっ)に重なりあうのだ。そして、顔自身も一重瞼だし、どことなく似てる感じがする。向田邦子のドラマ阿修羅のごとくでは阿修羅=女性ということになっているのだが...男女差別もいいところだ。(笑)というか、阿修羅像は胸もないし、明らかに男だ。と俺は思っているのだが、実は、少年または少女だと いう説もある。なんとも謎に包まれたところもミステリアスでいい感じである。
ではなんて悪の固まりのような神様がこの興福寺に安置されているのかというと、阿修羅は後に釈迦の説法にふれ、改心し、八部集のうちの1人になったのである。自分が阿修羅だとすると、自分もいずれ改心するときがくるのだろうか、まだまだ先のことに思えてならない。最後に言い忘れていたが、この阿修羅像は奈良時代に作られたもので、もちろん国宝である。

興福寺 国宝阿修羅像 もちろん写真撮影は禁止です。この写真は売店で売っている絵葉書をスキャンしたものです。

さて、念願かなって、JRの奈良駅へと出る。そう遠くはないようだが、近鉄奈良駅まできたところで、暑いしJR奈良駅行のバスがきたので乗ってしまう。乗車時間は5分程。奈良交通のバスだが、スルッと関西には加盟していないらしく、現金で180円を支払う。JR奈良駅は改築中で、取り壊しか保存かでもめていた、仏閣式の駅舎をまだ使っている。なんとかこの特徴ある駅は残ることになったそうだ。隣をみると、仮なんだろうが、なんかプレハブに毛の生えた程度のうすっぺらい駅舎が出来上がってきていた。それから、奈良は中央リニアのルートで、リニア推進の看板が見られる東京、名古屋、大阪では全く見られないし、リニアについては各地域で温度差があるようである。しかし、その看板の大仏様の表情はちょっと不気味というか、怖い。奈良からは大和路快速で加茂へと向かう。快速といってもこの区間は各駅に停車する。

興福寺 中央リニアエクスプレスの誘致看板です。大仏様がなんか不気味です。
JR奈良駅 仏閣式の駅舎です。 隣には現在建築中の新駅舎があります。
仏閣式の駅舎の方がはるかにいいです。


加茂からは120系気動車で関西線で亀山へ。この区間は1時間に1本なのだが、発車時間近くになると、大阪、奈良方面からの接続列車からの客で立ち客がでるくらいに混雑してきた。隣には5人組の大学生らしい、いかにも今風という感じの男の子のグループが座った。特に鉄ってわけでもなさそうだが、18きっぷでいろいろ回っているらしく、これからの東京までのルートを大型時刻表持参であれこれ話している。俺でもでかい時刻表なんて持ち歩かないのに、こいつらツワモノだぜ。しかし、さっきから、何をしているのか、ずっと携帯いじってるよ。メールしたり、電話したり、乗換え案内調べたり...。この世代は携帯ないと生きられないのかね...途中、兜越えあたりで電波が届かなくなると、もう大騒ぎ。「やべえよ圏外だよ」だって。旅をするときくらい、携帯に縛られない時間があってもいいと思うのは、おやじの意見なのか。という自分も、鞄にはしっかり携帯は入っているのだが。滅多にみることはない。
しかし道中が長いせいもあって、すこしうとうとする。よっぽど眠かったのか、後ろのガラスに、何度か頭をガン、ガンぶつけたようだが、意識がはっきりしない。きっと、回りの人は注目しただろうな。(笑)。途中で目が覚めたが、大学生のグループは、まだおしゃべりに興じながらも携帯をいじってる。本当に飽きないね...(呆)。
亀山からは電化区間に入り313系で名古屋へ向かう。河原田からは伊勢鉄道と合流し、名古屋へは感覚的には逆方向である、東京側からカーブして到着する。奈良方面から来るのだから、当然、神戸方から合流してもよさそうなものなのだが...。しかし、近鉄も同じような配線だからおそらく地理的にそうなっているのであろう。

大和路快速221系 加茂駅 加茂駅
亀山行 120系気動車 加茂駅 関西線 313系 名古屋駅

名古屋で、今回の鉄では初めての駅弁を購入。東海道線ホームでは駅弁の発売はないので、「しなの」や「しらさぎ」の発着するホームへ行く。今回買うのは「こだま弁当」、結構昔から名古屋駅にある幕の内弁当だ。が、「ひかり」や「のぞみ」までもが全列車停車する名古屋なのに、なんで「こだま」弁当なのかは分からない。2番線の新快速のホームに行くと相変わらず長蛇の列。次の列車で行っても、豊橋から先の接続がないので、その次に浜松まで直通する新快速を待つことにする。待つ間に前回のダイヤ改正で全て683系に置き換えられた「しらさぎ」が入線してきた。それはすでに名古屋で485系を見ることができなくなったことを示していた。その代わりといってはなんだが、今夏からムーンライトながら91号が189系だが、名古屋に乗り入れる唯一の国鉄特急型として孤軍奮闘している。さて、15時30分の新快速が入線。うほとんどの乗客が入れ替わり、座席の争奪戦が繰り広げられるが、幸い、1番前で待っていたので、窓側の席に座ることができた。これで、浜松まではゆっくりしていけそうだ。

名古屋駅といえば こだま弁当です。 昔に比べてパッケージが変わりました。 中身は定番の幕の内です。
113系 沼津駅 113系 熱海駅 東京駅の113系は堂々11両編成です。
快速アクティーなのに、なぜか「普通」になっています。 快速アクティー 東京行

この筋で帰ると、乗換えは浜松、沼津、沼津からは東京行に接続するが、小田原で快速アクティーに接続して、東京には21時過ぎに到着する。あれ?どこかで覚えのある乗り継ぎだなって思っていたら、偶然にも今年の春から連続3回、同じ筋での帰京であることに気付く。勝手知れた行程だと安心はするが、ちょっと面白みもないものだが、今回はそのままおとなしくそのまま帰ることにする。ただこの筋のいところはオール113系であることだ。東海道線の静岡県内は下手をするとオールロングの211系が容赦なくやってくるのだ。この区間は1時間に3本〜6本と比較的本数が多いのだが、いつもほどよく乗っており、なかなか駅弁を紐解く機会がない。結局、前回同様浜松での乗換えの直後に、誰もいないボックスに座って、さっさと済ませた。沼津でグリーン車付きの11両編成に乗換え、丹那トンネルを抜け東日本エリアの熱海まで戻ってくると、小田原はもうすぐだ。いつものとおり、その小田原で、快速アクティーに乗換える。いつもより若干混雑しているのは今日が平日月曜日だからであろうか。大船からは横須賀線と並走劇を演じるが、こちらは戸塚にも止まらないので、勝敗は日の 目を見るより明らか。横浜からは各駅といっても川崎、品川、新橋だけだが、今回は新橋で降りて、足掛け4日に渡る鉄も終了した。結局、今回の目的だった、妙見、摩耶、六甲の各ケーブルカー、京阪1900系特急色、京阪3000系、阪急6300系、そして興福寺阿修羅と最終日に執念のリカバリーが実り目的を無事達成できた。


大阪鉄 2003夏 前編
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